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地域の外国人とつながる防災。伊予農業高等学校が見据える多文化共生のカタチとは?

  • 愛媛県立伊予農業高等学校
(写真中央)河野千秋先生(写真右)井上拓三先生

伊予農業高等学校「国際教育部」について教えてください

ブラジルとの交流100周年で贈呈されたイペーの木

井上様:本校は、1918年に伊予郡立実業学校を前身として開校し、今年で創立107年目を迎える歴史ある農業高校です。部活動の一つとして「国際教育部」があり、今日に渡り地域に寄り添った多文化共生の活動を展開しています。

伊予農業高校と国際交流の歴史は古く、約100年ほど前に実施されていた「ブラジル移民政策」が始まりであったと伺っています。当時、国内の人口増加や食糧の問題があり、その解決は国運の進展にも関わるほど重要なものでした。そういった戦前戦後の時代背景があるなかで、農業の知見を有した本校の卒業生が「ブラジル移民」へと参加をされたことがはじまりとされています。

本校の卒業生たちは、移住後に農業という技術を通して、ブラジルとの友好的な関係性を100年続くものへとしました。これが伊予農業に国際教育部が存在するルーツとされており、現在では、国際教育における研究協議会の事務局の役割を本校が担当しています。

「お祈りできる場所をつくって」学校で実施した防災シミュレーション時の言葉にはっとした

先生が多文化共生に興味をもったきっかけについて教えてください

河野様:わたしが本校に赴任し、国際教育部に関わるようになったときは、コロナ禍真っ只中でした。当時は、部活動もコロナの影響で人と直接関わることが制限されていた時期で、オンラインセミナー等には参加したりしていましたが、それまで行っていた活動の継続が難しくなっていました。

新たな視点での活動として「SDGs」、中でも「持続可能なまちづくり」をキーワードに、近い将来に起きると言われている南海トラフ地震に備え、「防災」について調査・研究をすることにしました。そんな中、当時の顧問の1人の提案で、「避難所運営ゲームHUG(※)」をやってみようということになりました。

※避難所運営をみんなで考えるためのアプローチとして、静岡県が開発した図上訓練。

このゲームは、本校を避難所に見立てた平面図に、いろいろな事情を持つ避難者情報が書かれたカードを配置したり、避難所で起こる様々な事案にどう対応するかを考えたりする、かなり本格的なものでした。

そんな中、「お祈りの場所を作ってください」という指示に「えっ?」。ムスリムの人たちが1日に何度もお祈りをするという知識はありましたが、「避難所にお祈りの場所?もっと他に優先すべきことがあるのでは?」と一瞬思ってしまったんです。

でもそれは、「あっ、お祈りは彼らにとって、生活の中のとても重要な部分なんだ」「様々な文化的・宗教的背景を持つ外国人等にも配慮した防災の視点も必要だ」と気づかされた瞬間でもありました。

災害時には、さまざまな言語による情報共有がなされています。しかし、避難所では、日本人だけでなく、地域に住む外国人も共に避難生活を送ることになる、それはつまり、私たち日本人だけでなく、外国人も同じ土地で日常生活を送っているんだということに改めて気づいたんです。

外国人でも安心・簡単・おいしく食べられる。伊予市の防災備蓄食糧。

「防災」×「国際」による地域全体の共助共生。
これがわたしたち国際教育部が構想する多文化共生の基盤になりましたね。

防災を起点にした多文化共生というのはおもしろい視点ですね

河野様:ありがとうございます(笑)現在の国際教育部では、以下のような活動も行っています。

防災:防災×外国人における地域全体の共助理解の促進
体験:外国人交流・イベント主催などのつながりワークショップ
学び:外部講師による座学プログラム

河野様:もちろん、活動を通して失敗することもあります。
印象に残っているのは、昨年の伊予市の文化祭。外国人向けに防災すごろくや防災ボトル(※1)などを生徒が制作してワークショップを開催したものの、外国人の来場者は「0人」だったんです。自分たちの取り組みを世の中に広げていくことがいかに難しいかを実感した瞬間でした。同時に、なぜ「0」だったのかを考えるきっかけにもなりました。

今の活動風景を見れば、変化があるように思います。きっかけはあったのでしょうか?

井上様:きっかけという話でいうと、昨年、「多文化共生」という言葉を創った田村太郎先生にお話を伺ったことがありました。阪神淡路大震災の際に「事前に関係性ができていたことで外国人も安全に避難させることができた」という話を聞き「つながりこそが最大のレジリエンス(※2)」という学びを得ることができましたね。

この話のあとにJAPANNESIAさんが取り組んでいる多文化共生UMIの活動を伊予市役所の方から教えていただき、外国人と地域のつながりを体現化している姿をみて「まさにこれだ!」と思いました。

※1 防災ボトル:防災用品をボトルにまとめたもの
※2 レジリエンス:困難な状況やストレスに直面した際に、そこから立ち直り、回復する能力のこと

交流のしかたは生徒任せ。日頃の外国人との自然な交流こそが一番の防災につながる

多文化共生UMIに参加するようになったきっかけについて教えてください

河野様:昨年の文化祭の失敗や「つながりこそが最大のレジリエンス」であるという事例を知ったことで、防災を広める前に、地域の外国人とのつながりを強化することが重要だと学びました。

「外国人を助けてあげる」というような上下の関係ではなく、共助の関係性を作るため、どのように外国人と繋がっていくかを模索する中で、多文化共生UMIを伊予市役所の方からご紹介いただいたことがきっかけですね。
(そのあと外部メディアの記事などを見て活動に共感いたしました)

昨年度の文化祭では思い通りにいかない場面もありましたが、その経験を通じて「次はこうしてみたい」という前向きな気持ちが生まれました。失敗を学びの土台に、今年度は自分たちから外に出て新しいことに挑戦していこうという意識が育ち、その姿勢が現在の多文化共生UMIとの関わりにもつながっているのだと感じます。

多文化共生UMIのイベントに参加してみてどうでしたか?

井上様:イベントに参加した学生と外国人の交流を見ていると、はじめての対面から自然と家族のように交流を楽しんでいたという印象がありました。多文化共生の壁は私たち大人側が作ってしまっているんだなと。生徒たちを見ていると私たち大人にもそういう新しい気づきがありますよね。

河野様:多文化共生UMIで開催されたお好み焼きイベントでは、生徒たちは細かい段取りを知らないまま参加しました。事前に役割や分担をきっちり決めないことで、生徒たちは臨機応変に、自ら考えて動き、交流を深めていきました。教師にとっても、「この生徒にこんな力があったのか」と、生徒の新しい一面を発見できる、すばらしい機会になりました。

インドネシア料理づくり交流会では、言葉が通じにくい場面もありましたが、工夫しながらコミュニケーションを図り、少しずつ距離を縮めていました。調理や食事を共にしながら、思い思いの交流を楽しんでいたようです。

一緒に何かに取り組むことで生まれる自然な交流。このような交流が多文化共生への第一歩となるんだなと実感しています。

多文化共生UMIのおすすめポイントをズバリ教えてください

井上様:エアコン、のみもの、休憩スペース。アクセスがいいことですね(笑)
意外ですが、交流できるインフラがしっかり整っていることはいいことだと思います。
気負わず、安心して行ける。ふらっと立ち寄れる雰囲気がいいと思いますね。

河野様:ALT(※)の先生も多文化共生UMIのイベントを楽しみにしています。やはり外国人の方は地元の知り合いが仕事以外で広がりにくいんですよね。その点、UMIでは日本人だけではなくアジア圏の人とも繋がることができます。伊予市という街で「ごはん屋さんで、〇〇さんファミリーに声をかけてもらった」みたいな、顔見知りが身近に増えるだけでも嬉しいのだと思います。今後のイベントは彼女の故郷でもあるアメリカに関するイベントを開催しても面白いかもしれません(笑)

※ALT:Assistant Language Teacher(外国語指導助手)

教師の経験から多文化共生に取り組む意義とは?外国人だけでは避難することが難しい理由

教師の立場から見て、いまの多文化共生の取り組みについてどのように感じていますか?

河野様:個人的には、これまでの外国との関わりという点では、日本人が海外に留学に行くとか海外赴任するというイメージのほうが強かったのかなと思っています。それが、国内の外国人労働者が増えてきた背景もあり、日本で共に生活する共生という視点に社会全体が変わってきたかなと。どこか遠い存在だった外国人と、ひとりの隣人としていかに関わりを持っていくかという視点が大切だと感じています。

井上様:私の経験でいうと、前の学校ではインドネシアからきた生徒がいまして、その子は中学生の時に言葉も分からないまま日本の学校にきたことで、とても苦労したと話していました。
言葉も文化も全く常識が違う。このなんともいえない抵抗感はしばらく続くでしょうが、これをどう我々大人が解消していけるのか。そして、このように悩んでいる外国人に寄り添える場所があったらいいなと思います。

教師の立場から見て、今の取り組み「外国人の防災」という視点ではいかがですか?

井上様:国際教育部で「防災」をはじめた先生によると、東日本大震災の際には「ペット」が原因で逃げ遅れた方が多かったそうです。また、先の話にもあった阪神淡路大震災の際に「事前に関係性ができていたことで外国人も安全に避難させることができた」という被災者からの生の情報を聞けたことで、私たちも南海トラフを想定した地域全体との多文化共生の関わりがとても重要だと感じています。

災害はいつ起きるかがわからないことが怖いのです。ことが起こったあとでは取り返しがつかないことなので、しっかりと多文化共生の取り組みを通して交友を深め、有事の際に地域みんなが臆することなく声掛けができるよう、つながりの連携を深めていきたいと思います。

河野様:昨年8月に、日向灘地震が発生し、南海トラフ地震臨時情報が出されました。来日直後だったALTのジゼル先生は、そのとき自宅にいて、とても怖い思いをしたと連絡があったんです。
翌日、ジゼル先生と生徒数名と一緒に、地域の避難場所である港南中学校へ歩いていったことがあるんですね。

しかし、マップを見るのと実際に歩いていくのとでは全然違ったんです。マップでは目の前にあるはずの避難場所が、実際は、はるか先にしか陸橋がない4車線の国道を横断しなければならなかったり、住宅街で目印となる建物がなかったりと、想定した避難時間の倍以上かかる結果となりました。

これでは土地勘のない外国人が自力で避難することは難しいし、避難場所にたどり着いたとしても、誰も知り合いがいなければ、避難場所に行くこと自体をためらってしまうんじゃないか。同行した生徒も同じことを感じていました。

本校の国際教育部は、こうした経験や取組を積み重ね、高校生だからこそできる「外国人に特化した防災」についての研究をこれからも続けていきたいと考えています。

地域と外国人をつなぐ場所。多文化共生UMIを推進するJAPANNESIAへの信頼

最後にJAPANNESIAへの評価について教えてください

井上様:インドネシア人を労働者としてではなく、ひとりの人間としてのリスペクトがある点と、代表の上田さんの経歴からも安心して信頼できますね。

驚いたのは、この多文化共生UMIの活動拠点づくりが、自治体の補助金などではなく、すべて自腹で進められていたことです。地域のためにここまで本気で取り組む姿勢に触れ、生徒たちの経験がより一層価値あるものになっているのだと感じました。
インドネシアの人から見ても、母国の発展に貢献した人がその場所にいるということはとても重要だと思います。

こうした取り組みをしている企業が身近にいてくれると、生徒にとっても伊予市ってすごいじゃんって思えるような模範にもなりえます。

河野様:私たちも、生徒たちを参加させるにあたって、やはり信頼できる組織じゃないと参加はさせてあげられないんですよね。

多文化共生UMIを設立した目的の一つが、外国人の就業外の生活を支えるというお話を聞いて、ただ外国人を外から連れてくるだけではない配慮があるなと感じていました。
また、内定が決まった際にはインドネシアに訪問し、直接ご家族に挨拶に伺っているという見えない取り組みの話を聞いて、とても感激しました。ちょうど私たちがはじめて連絡をした際も、インドネシアから帰国してすぐに連絡をいただいて、親身になってご対応していただいたことにも信頼できる企業様だと感じています。

※掲載内容は取材当時のものです。

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